かれこれ十数年前になるだろうか。
着物雑誌にも度々登場する老舗呉服屋さんのショーウィンドーに2本の染め帯が掛かっていた。
春のディスプレーにふさわしく淡い水色の地色に白い花々が描かれている。
1つは民芸風の力強いタッチで、もう片方はふわっと優しい紬地の染め帯だった。
手持ちの帯はどちらかといえばはっきりとした色柄が多い。
春の薄色の紬にこのふわっとたおやかな染め帯を締めたらどんなに素敵だろう…。
いつか、自分へのご褒美にこんな素敵な帯を買ってあげよう…。
そう思いながら月日は過ぎ、そして昨年は自分にとって大きなミレニアムイヤーだった。
自分へのご褒美を与えるにふさわしいこの年に,しかし不況のあおりを受け大変な数年を
過ごしていた。お祝いどころか年明け早々から公私に渡りすべての事柄に『断捨離』が強いられた。
当然、高価な作家物の帯などには手も出せずに、淡い慕情は哀しい片思いで終わった…。
断捨離を終え心機一転、気持ちを入れ替え7月にブログを始めた。
始めて間もない深夜に「新着フォトギャラリー」を眺めているとそこに可愛らしい画像を見つけた。
気になってそのブログに飛んでみた。
その「手仕事職人」サンのブログには卓越したセンスで丁寧に作られた小品が並んでいた。
中でも特に、少ない本数の細い糸で丁寧に刺された美しい刺繍に目を奪われた。
こんなに素晴しい職人サンが市井に存在しているのだ、と目から鱗、金槌で脳天を叩かれたような
衝撃が走った。そして自分の作品に対するクオリティーの甘さを痛感した。
その時思った。
この「手仕事職人」サンに刺繍アップリケをオーダーして自分で帯を作ろう、と。
高価な帯は買えなかったけれど、その丁寧な仕事ぶりを身近に見るにつけオノレの励みとしよう、と。
オーダーするにあたり、彼女の制作に対するポリシーにもとても共感が持てた。
何より、技に驕らぬそのお人柄にも惹かれた。
お得意のマトリョーシカの刺繍アップリケの色柄は彼女のセンスに丸投げした。
私好みに「渋っカワイく」出来上がって手元に届いたのは4月になってからだった。
震災後で生活も慌ただしく、仕事も溜まっていたりで、手をつけるまでに数ヶ月を要した。
秋になり、やっと取りかかってからも、中々落ち着いて時間が取れずに少しずつ少しずつ針を
進めていった。 時間はかかったがその分一針一針に想いを込められたような気がする。
ネットでお安く購入した裏が黒無地の「リバーシブルの木綿の名古屋帯」をエイヤッと
二部式にちょん切り三通りに使えるように工夫した。
気取らぬ仲間との楽しいお出かけにもってこいの1本となった。
かくして、ちょっぴり切なくて、世界でただ一つの『My precious 帯』が出来上がったのであった。

”Special Thanks to
『手仕事劇場』”